2006年3月アーカイブ

中国に8泊している間、Webもメールも一切見ないという生活をしていた。韓国に行った時は、どんな安ホテルにも、一階にPC房のコーナーがあったが、中国の安ホテルには無かった。もちろん部屋には全てLANケーブルは出ていたけれども。

このblogの更新も日本に帰ってきてからまとめてやったが結構大変だった。私のblogはxrea.comというサーバーに置いてあるのだが、以前中国からはこのサーバーを見ることができないと聞いていたので、初めから中国で更新することはあきらめていたのだ。

日本に戻って21日の書き込みから始めたが、どうしてもメインページにその書き込みが表示されない。たまに日付の設定を忘れて、その日(29日)の書き込みとなった場合のみ、表示される。

一日悩んだあげく判明したのは、MovableTypeの表示に関する初期設定が、次の様になっていたのだ。

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これまで1週間以上書き込みを欠かしたことがなかったので、気付かなかったのだ。ここを表示数: 10エントリーに直すことで、ちゃんと表示されるようになった。

中国を訪れ、もっと中国語を勉強しなくてはと痛感。新しい辞書も買おうかなと思っている。
各メーカーから中国語の電子辞書が出ているが、どうやらCanonの『wordtank V80』というのが一番人気な様子。

B0006BLIKYCanon wordtank V80 (11コンテンツ, 第2外国語モデル, 中国語, 音声対応)
キヤノン 2004-11-30

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ただし発売が2004年11月と古く、今年の春モデルが出たりするのではないかと思っていたところへ、こんなニュースが。新製品の登場だ。

従来の小学館の中日・日中辞書の代わりに、講談社の中日・日中辞書が搭載された。音声のでるV90と出ないG90があるが、G90の方には大修館の中日大辞典も収録されており、値段も安いG90の方が絶対にお奨めだろう。

ビックカメラに行けば、春の新入生セールでポイントも23%付く。ボーナス払いで買っちゃうか。4月7日頃発売である。

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昨日で旅も終わり。浦東機場午前9時35分発のNW26便だったので、淮海路のホテルを7時半頃に出た。8時10分頃に着いたが、案内掲示板を見ると、NW26便は9時05分の出発だと表示されている。

あわててチェックインカウンターに向かうが、かなり込み合っている。一番前にいる米国人女性が、重量オーバーした持込荷物に対するチャージを払う払わないで揉めているようだ。

ようやくチェックインを済ませてイミグレに行くと、やっぱりここも長蛇の列。幸いと言うか、周りにもNWAのワッペンを胸に貼られ、焦っている人が何人かいる。

搭乗券を見るとやはり9:35発と書いてある。9時過ぎにイミグレを通過し、機内持込荷物のチェック場所へ走る。

リュックをX-Rayの機械に通す為、籠にいれたところ、検査官が「ジェンブ、ジェンブ脱いで!」と叫ぶ。どうやら身につけていた薄手のジャンパーも脱いで籠に入れろということらしい。

さて金属探査機をくぐろうとすると、再び「ズボンもジェンブ、ジェンブ!」と叫ぶ。これじゃあまるで山道で山賊に出くわした旅人だ。思わずベルトに手を掛けようとしたところ、「ポケット、ポケット!」と言う。なるほど、ポケットの中の物を出せと言うことか。

ちょっと言い方が頭にきて、財布とハンカチとついでにパスポートと搭乗券まで差し出された籠に投げ入れた。

結局NW機は15分遅れの9時50分頃離陸した。行きは3時間弱だったが、帰りは偏西風のお陰で2時間10分で成田に到着した。

果たして桜の花はまだ散ってはいないだろうか?成田辺りではあまり桜の花を見ることはできなかった。だが東京駅に近づくにつれて、次第に桜の花が増えてきた。

やはり私も日本人だ。桜の花を見るとホッとし、またうれしくなる。『同期の桜』ではないが、「また再び日本に戻り桜の花を見ような!」という言葉には、外国人には分からない深い思いが込められているように思う。

東京の桜の開花宣言が靖国神社の桜の木を基準にしているというのも、あながち偶然とは言えないだろう。

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昨夜は定番の上海雑技団の公演を楽しむ。1951年設立のこの雑技団は、上海の複数の劇場で公演を行っている。昔から有名なのはザ・ポートマン。リッツカールトン・ホテル内にある『上海商場劇院』、土日だけ公演を行っている大きな『上海馬劇城』、『蘭心大劇院』など。

今回私が見に行ったのは、そのいずれでもなく、人民広場にできた新しい『上海大劇院』での公演。開演は7時半だが、1時間前に着いてしまったら誰もおらず不安になった。だが30分位前から続々と観客がやってきた。観客のほとんどが欧米人。それも年配の方が多い。

男女合わせて35人位のチーム。10代の団員が多いのではないだろうか。ギョッと驚くような技は少なく、若さあふれるフレッシュな演技だった。

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最後に行われたのは球状の籠の中をバイクが走り回るやつ。一台、また一台と、合計四台も入ってしまい驚く。もっとも上海の街中の路上でも、バイクや自転車はアクロバティックな運転をしており、上海人にとってはお手の物か。

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公演を見ていてふと思ったのは、私が芸能山城組に参加していた時のこと。若い男女が沢山集まっているが、果たして団員同士の色恋は御法度なのかどうか。おじさんは妙な心配をしてしまった。

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昼は浦東にある正大広場という大きなショッピングセンターで、マレーシア風ビーフカレーを食べた。中華料理ばかり食べていたので、こういう料理がとてもおいしく感じられる。

書店に入ってみると、大勢の若者が階段で座り読みをしている。日本の様に漫画を読んでいるのではない。勉強の為の本を読む為、書店を図書館代わりに使っているのだ。書店の方も嫌がっている雰囲気はない。

書棚には、天井まで沢山の本が並べてあり、とりわけ日本以上に英語の習得熱が高そうなことがよく分かった。

浦西に渡るために、黄浦江の下をくぐる『観光隧道』というものを使ってみる。これは地底のトンネルを、ゴンドラの様な乗り物に乗って渡るものだ。

全長約650mのトンネル内部は、まるでディズニーランドのアトラクションの様に、様々に変化する電飾が施されており、子供には大人気だ。

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無味乾燥なトンネルにほんの少し手を加えるだけで、片道20元も取れるアトラクションに変えてしまったわけだから大したものだ。

対岸に渡るとそこは外灘(バンド)だが、ものすごい人数の中国人のお上りさんでごった返していた。

昨日の朝は、南京西路を西の端から東の端まで歩いて一往復してみた。街を知るには乗り物に乗るのではなく、自分の足で歩いてみることが一番だ。

その後、浦東空港まで行って、磁浮列車(リニアモーターカー)に乗り、地下鉄龍陽路駅まで戻ってきた。

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同列車は、朝8時半から夕方5時半位までしかサービスがなく、私の様に夜上海に着いて、朝上海を発つという旅行者だと、利用することができない。だからわざわざお昼に空港まで行ったというわけだ。

料金は片道50元。当日の航空券を持っていると、10元引いてくれる。

最高時速は公称430km/hで、7分20秒程で終点についてしまう。揺れは新幹線に比べて少ないと感じられた。430km/hが出るのはほんの少しの間なので、見逃さないように。

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この列車は、上海万博の開催される2010年頃には、杭州まで延びるとのことである。そうなれば上海から杭州まで1時間位で行くことができるようになるだろう。

日本でも成田空港から東京まで、是非リニアを走らせて欲しいが、真っ直ぐな線路を引くための用地買収に困難を極めるだろう。

やはり羽田空港をアジア方面への国際空港に戻してもらいたい。

昨日の午後は、足裏マッサージなどを受けた後、夕刻豫園商場へ。ここは豫園の西と南に位置する昔風に作られた繁華街で、小吃を食べたり、土産物を買ったりすることができる。

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小龍包で有名な『南翔饅頭店』は大勢の人が並んでおり、食べるのをあきらめた。代わりに『湯包』を食べることにした。

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少し大きめの饅頭の中に肉汁がたっぷり入ったもので、ストローを使って食べる。一個10元+1元のデポジットである。デポジットは小さな蒸籠を店に返すと戻ってくる。

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こんな所にも『STARBACKS』がちょこんと店を出しているのが面白い。土産物屋では伝統的なお菓子が売られている。何となく神戸の南京町を思い出した。

その後歩行者天国となっている南京東路を端から端まで散策。戻りは電気自動車に乗った。古い百貨店などの建物が、明るくライトアップされているのがとても印象的だった。

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晩飯のビールは『山水啤酒』。

昨日の朝は、孫文の二人目の妻であり国母と呼ばれる宋慶齢氏の墓所を訪れる。彼女は『宋家の三姉妹』の次女である。

宋家の三姉妹宋家の三姉妹
マギー・チャン メイベル・チャン ミシェール・ヨー

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ここは宋家の居宅が合った所らしい。墓参りを済ませた後、記念館を訪れた。記念館はひっそりとしていた。日本人らしき人がパラパラといるだけ。

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記念館を出ると、沢山の観光客が、駐車場敷地内にある建物に吸い込まれるように入っていく。一体何があるのかと確かめたところ、風水師が一角獣や麒麟の置物を販売しているようだ。どうせまた偽物だろう。

それにしても元宋家の敷地内に、どうしてこんな店を開くことができるのか、不思議な話である。

襄陽路の偽物マーケットをひやかした後、昼に飲んだビールは『東海啤酒』。

昨日夕方高速を飛ばして上海に戻ってきた。晩飯は雲南風の料理だったので、飲んだビールは『光明啤酒』。

浦東に渡り、東方明珠塔の第二層に登る。まさにお上りさんである。

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その後黄浦江でナイトクルージング。外灘(バンド)と呼ばれる西岸は旧上海の歴史的建造物が眩しくライトアップされ美しい。

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浦東と呼ばれる東岸は新上海の顔である東方明珠塔や金茂大厦などの高層ビルが立ち並び、中国経済発展の象徴を見ることが出来る。

ちなみに東方明珠塔の高さは468mで、世界で第三位、アジアで第一位の高さである。

浦東は今後も高さ492mの上海環球金融中心など、幾つもの高層ビルの建設を控えており、今度訪れたときには、また風景が変わっているだろう。

上海環球金融中心プロジェクトの為に、フォレストオーバーシーズに転じたM先輩が羨ましくもある。

昨日の午前中は三国城へ。ここは、CCTV(中国中央電視台)のドラマ『三国演義』撮影用の屋外セットをもとにしたテーマパーク。この辺りには他にも『唐城』や『水滸城』などがあるらしい。

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規模は中国らしく大きなもので、太湖に面しており、船のシーンも撮影することができる。近づいて見ると作り物だということは丸分かりであるが、ドラマを見ると本物らしく見えるのであろう。太湖を遊覧する船にも乗る。

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無邪気に楽しんでいる中国各地からの観光客を見ていると、ここが共産主義の国だということを忘れてしまう。

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昼のビールは『水郷啤酒』。再び上海を目指して高速道路を突っ走る。

昨日夕方、太湖を望む霊山に立つ霊山大仏に立ち寄った。この大仏は10年ちょっと前に建立された新しい大仏であるが、身長88mと、中国の仏像の中では最も背が高いものである。霊山という名前は、唐代に三蔵法師が名付けたとの言い伝えがある。

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この仏像は、国内外の仏教関係者の篤志によって作られたらしい。境内は綺麗に整備されており、まるでテーマパークの様である。実際この大仏を目当てに各地から人が訪れるようで、町興しになっているものと思われる。

境内は、正面から、子供の仏陀のモニュメントがある広場、本殿、そして山の上に立つ大仏となっている。この子供の仏陀というのがまた面白い。一日4回、てっぺんの蓮の花が開き、中から仏陀がニョキリと現れる。そして下に居る竜の口から仏陀にむけて水が吹きかけられ、仏陀がクルリと時計回りに回るのだ。

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まるで小便小僧の様でもあり、また有楽町マリオンなどにある『からくり時計』の様でもある。

その後車を走らせ、無錫の街へと向かった。南に広がる太湖は、中国五大淡水湖の一つである。深さは平均3m位だと聞いた。湖底には庭園に飾られたりする奇岩が転がっている為、泳ぐのは危険だそうだ。

太湖の周りには、沢山のリゾート別荘などが建設されようとしている。確かに杭州に続き、国際的なリゾート地となるポテンシャリティを備えているように見えた。無錫の街に近い所にも、立派な高層マンションが雨後の筍の様に建っていた。耐震構造計算なんて、ちゃんと行なわれているかどうかは疑問である。

駅前には八佰伴があった。ヤオハン撤退後も、高級デパートとして営業を続けているそうだ。上海の様に人が多くもなく、リタイアしたら無錫の様な所に住んでみるのも悪くないなという印象を持った。夜に飲んだビールは『太湖水啤酒』。

昨日は孫文の陵墓である中山陵を訪れる。南向きの日当たりの良い斜面に造られており、一番上の祭堂へ行くには、392段の階段を登らなければならない。この392という数字は、中山陵の建設当時の中国の人口が、392百万人程度であったからだと言われている。

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祭堂の奥には、大理石で作られた孫文の臥像があり、その下に彼の遺体が安置されている。孫文の字(あざな)は中山又は逸仙であるが、中山というのが、日本人の苗字に由来するということを、このページで知った。

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中国においては、彼は革命の父ということで、中華民国大総統であったにも拘らず、未だに尊敬の対象となっている。どの街に行っても中山路といった名前の通りがあることからも、いかに親しまれているかということがわかる。(毛)沢東路なんていう通りはないのだから。

昼に飲んだビールは『Beck's(貝克啤酒)』。


午後は高速道路を120km/h超のスピードで、ひたすら南東に走り、無錫へと向かう。高速道路は右側通行であるということを除けば、見た目は日本のそれと全く同じである。通行料金もかなり低目に抑えてあった。こういう道路が今後中国全土に建設されることを考えると、その投資規模は計り知れないものがある。

もっとも、途中で寄ったドライブインはどこもガラガラであった。

昨夜は南京市内のホテルに泊まった。

10時過ぎに、街で買ってきたワインを飲もうと思い、グラスとワインオープナーを貸して欲しいと、ルームサービスに電話したところ、「対不起,没有。」とつれない返事。

ロビーに降りて、レセプションの小姐に再度頼んでみたが、「Sorry, don't have.」の繰り返し。どうやら食堂がクローズした後は、一切貸し出すことができないようだ。

融通の利かないホテルだ。宿泊客のちょっとしたわがままにちゃんと答えてこそ、サービス業だと思うのだが。

部屋に戻って、電話番号一覧を見ると、真っ先に軍の電話交換台の番号が書いてある。成る程、この由緒あるホテルは軍が運営しているようだ。

おまけに向かいに南京市の市政府の建物などがあることから、午前9時までは車の往来を禁止しており、チェックアウトもできない。

ロビーに飾ってあった四つ星(四つのイチョウの葉)ホテルの証明書が何だか虚しく見えた。

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昨日は蘇州から南京までデコボコ道をひたすら車で走る。屋根やレンガの壁が崩れ落ちたにもかかわらず、撤去することも無く自然に朽ち果てるのを待っている建物が多い。時折アヒルを飼っている池に出くわしたりもする。立派な建物は赤旗の立っているものが多く、官頼みの町しかないのかなと思ったりもする。

南京の街に入ったが、くすんだレンガ作りの建物が多い。経済都市上海に比べ、首都が幾度も置かれた南京は、今では大きな遅れを取っている様に見えた。

今日の目当ては長江大橋。武漢、重慶に次ぎ3番目に建設された長江を跨ぐ橋で、ソ連の協力のもと、1960年に起工し、1968年に完成した。 途中中ソ対立によりソ連の技術者が帰ってしまったことから、『自力更生』の象徴ともなっている。

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橋を支える建物の中に大きな毛沢東の像があった。この国に来て初めて党のスローガンらしき言葉が壁に掲示されているのを見た。もっともこの建物内の大部分は、水晶の玉を売る土産物屋になっている。

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決して世界級の長さの橋とは言えないが、やはり一度は長江を跨ぐ橋を見てみたかった。

夜は南京の名物料理『塩水鴨』を食べたが、選んだ店が悪かったのか、塩辛すぎて食べれるものではなかった。一緒に出された野菜も塩味が強すぎるしスープも塩辛いだけだった。それでも地元の客達はうまそうに食べている。我々は歓迎されざる客だったのだろうか。

夜に飲んだビールは『銀燕啤酒』。

昨日の夕方蘇州に到着し、まずは寒山寺を訪れる。

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楓橋夜泊(張維)

月落ち烏啼いて 霜天に満つ
江楓 漁火 愁眠に対す
姑蘇城外 寒山寺
夜半の鐘声 客船に到る

学校で習ったはずだが、あらかた忘れてしまった。蘇州のガイドが綺麗な声で歌ってくれる。日本人には、平原綾香が最近カバーした『蘇州夜曲』の方が、耳に馴染んでいるだろう。

除夜の鐘の風習は宋の時代にこのあたりで始まったのが起源だそうだ。毎年年末になると、日本人が大挙してこの寺を訪れるので、地元の人は拝観券を買うことが難しくなるとのこと。

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5元払って3回だけ鐘を突いてみた。108つの煩悩の内3つを選ぼうとすると意外と難しい。あの煩悩は残しておこうなど、妙な出し惜しみをしてしまった。

夜は蘇州に出張中の旧知のN君と軽く一杯。今年の6月から蘇州に本格赴任するらしい。このページによれば、現在中国に長期滞在する日本人は、約10万人。一番は香港を抜いて上海の4万人。

香港を別にすると、次は北京かと思いきや、どうやら蘇州が8千人程となり、北京よりも多くなったのではないかと、N君が多少自慢げに話す。

清原選手似のN君。顔の色艶も良く、中国に来て本当に生き生きとしている。

杭州から蘇州へ向かう途中で烏鎮という水郷の町に立ち寄った。上海の周りには同じ様に昔のままの状態で保存されている水郷が幾つもあるらしい。町に入るのには入場券を買う必要がある。

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家々の裏側には水路が走り小船が行き来している。表側には京都の先斗町の様な細い路地が走っている。もっともそこに建っているのは御茶屋ではなく、明の時代に建てられたという古い家屋だ。

江南の人は、宋や明の遺物を大事にする一方で、元や清などの異民族の王朝など一切無かったかのような態度をとっている様に見える。この町の人々は、今は観光で生活を維持しているのだろう。

昼食は農家菜というものを食べた。素朴な田舎料理といったものだがこれがとてもおいしかった。毎日、昼食と夕食時に地元のビールを飲んでいるが、アルコール濃度は低く、まるで水の様だ。残念ながらここで飲んだビールのブランドは忘れてしまった。

昨日は杭州から蘇州への移動日。途中で上海の周りに多くある水郷の一つ、烏鎮に立ち寄る予定。

杭州で雇ったガイドが、「ちょっと時間があるので宝石の製造販売を行なっている杭州の工場に立ち寄ってみましょう」と言う。原石の研磨作業を行なっている所を見たがシャビーな感じ。隣に店舗棟があり、中は普通の宝石店。

一室に入れられ、真面目そうな男が工場について説明をする。我々のグループにシンガポール人が多いことを知ると、「それはよかった。実はこの工場のオーナーはシンガポール人だ。息子が今来ているので会わせよう。」と言う。

出てきたのはベビーフェイスの背の高い青年。いきなり胸の前で手を合わせた。「祖父はシンガポール人だが、父がタイに移り住んだことから自分もシンガポールには住んだことはない」と言う。そして、「北京で勉強したが、普通話は得意ではないので、広東語で話させて欲しい」とも。

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「普通話が余りできないのに、よく北京で暮らせましたね」と誰かが尋ねると、「ボディーガード兼通訳に全て任せていた」と言う。シンガポールの兵役はお金で免除してもらったとか。

そして女性に指示をして、中国とシンガポールの国旗をテーブルまで持って来させた。そして「ここで買わなくてもいいですよ。まあ、話だけは聞いてください」と言う。

疑い深い私は話に加わらず、展示物を勝手に見ていたが、リッチなシンガポール人が、どうやら高価なサファイアを買った模様。青年は、仏の加護がありますようにと、購入者の前でまた両手を合わせて何かを念じている。

余りにも話がうまく出来過ぎている。英語が上手な杭州のガイドは、いつの間にか席を外していた。

恐らく、かの青年は、先日マレーシア人観光客の前で、マレーシア人を演じたに違いない。そしてまた別の日は香港人を。ガイドは笑いをこらえる事ができないので席を外したのではないだろうか。

今回の旅行は、12人乗りのバンを借り切って我々が行きたい所を回るというツアー。昨日二日目は杭州へと向かった。

鉄道では上海からは2時間の距離だが、車では4時間程度かかる。2010年の上海万博の頃には、現在浦東機場から地下鉄の龍陽路駅まで走っているリニアモーターカーが、杭州まで延びるらしい。

杭州に来るのは2度目。前回は天安門事件の起きた年の4月だった。そのころに比べ、西湖の周りの整備が一段と進んだ様に思う。

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お決まりの東坡肉や、乞食鶏とも呼ばれる叫化童鶏などを食べ、西湖を遊覧したり、六和塔からの眺めを楽しんだりする。昼のビールは『西湖啤酒』。

夜は『宋城』という宋の時代のテーマパークへ行き、『宋城千古情』という最近始まった大型歌舞劇を見た。

ショーはプロローグに続き、『宋宮宴の舞』『金矛鉄馬』『美しい西湖・美しい伝説』『世界はここに集まる』という四部で構成されている。

歌や踊りに加え、雑技の様なアクロバットや、レーザーを駆使したライティングや人工雨など、非常に凝った演出となっており、中国各地や海外からやって来た観衆から万雷の拍手がわき起こる。

面白いのが、ショーの始まる前、左右のスクリーンに「熱烈歓迎 海南省委、三亜市委市政府 領導一行様」といった感じの挨拶文が表示されたこと。この国では、役人が仕事をサボって見に来ても、当たり前の事なのかもしれない。

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第四部の『世界はここに集まる』では、突然『さくら』のメロディーが流れ、中国人の踊り子達が日本人に扮して踊り出す。次は『アリラン』が流れ韓国舞踊。そして最後は台湾の『阿里山的姑娘』が流れ、台湾から来た観光客を舞台に上げて一緒に踊り出す。再びここで万雷の拍手。

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待てよ、待てよ、これじゃあまるで日本、韓国、台湾が近々中国の一部になるということを暗示している様なものじゃないか。ショーとしては良くできたものだったが、政治的臭いがプンプンし、何だか背筋が寒くなった。

ということで昨日から上海に来ている。東京から上海まで真っ直ぐな線を引くと、ちょうど名古屋、大阪、福岡の上空を飛ぶことになる。

東京-上海間は2,000km弱であるが、福岡から上海は900km程度らしい。東向きと西向きでは偏西風の影響もあって、西向きの方が若干時間がかかるが、それでも福岡からは、東京に行くのと同じく1時間半で上海に行けるわけだ。今まで気付かなかった新たな発見だった。

3時間ちょっとで上海の浦東機場へ到着。入管は長蛇の列。一体何に時間がかかっているのかわからないのだが、一向に列が前に進まない。

どうせふて腐れた顔をしたヤツがのんびりとチェックしているんだろうと、前の方を覗いてみたところ、若くて美人の女性担当官だった。

腕には『中華人民共和国 警察』と書かれたワッペンをつけている。中国では警察官が入国管理事務も担当しているようだ。

飛行機を降りてから1時間程経って、ようやく牡丹の国へ降り立った。

昨日東京は12年振りの『風塵』を観測するなど、大荒れの天気となったが、本日は打って変わって穏やかな天気である。

そんな春の陽気に誘われてというわけでもないが、期末にも関わらず、家族と共に一週間ばかり旅行をすることになった。

昨年1月より毎日欠かさずブログを書いているが、今回ばかりは毎日書き込めるという保証がない。ということで、書き込みの無い日があっても御心配なさらぬように。

今から85年前の大正十年(1921年)、芥川氏が29歳の折、中華民国建国十年目の中国各地を遍歴し、政治、文化、経済、風俗などについて、彼が見聞きしたことを書き記した中国印象記。表題作の他、『長江游記』『北京日記抄』『雑信一束』などが収録されている。

これを読むと、共産党出現前の中国の様子を知ることができ、日中戦争に突入する前の日本の知識人が、中国の有識者に畏敬の念を抱いていたことや、当時中国と日本を比較した場合に、決して日本の方が進んでいるとの認識ばかりではなかったということを知ることが出来る。

その後中国は大きな遠回りをすることになった訳だが、どうやら振り返ればすぐ後ろを走っているという状況になったのではないだろうか。

この紀行文は、そもそもが大阪毎日新聞の依頼によって、中国に赴き書かれたものであり、帰朝後に毎日一話ずつ新聞に連載されたものであることから、一つ一つの話は短く、大変読みやすい。

読んでいてふと思ったのは、これは何かに似ているということ。そう、ブログの文章にそっくりなのである。さしずめ今ならYahoo!やNiftyなどが、自社のブログの読者を増やす為に、時の有名人に依頼して、旅行記を書いてもらうのに等しい。

そんなことを考えながらこの本を読むと、85年の時を隔てた文章とは全然思えなかった。

昨夜のドラマでは、ミコの出身地が兵庫県西脇市ではなく、同じく兵庫県の赤穂市に変えられていた。西脇市では絵にならないと思われたのだろうか。

この本が発表された頃、ちょうど私は西脇市小坂町に住んでいた。川で洗濯していた母が、昨日のドラマの中でも歌われていた『アカシヤの雨が止むとき』という歌を口ずさんでいたのを、かすかに覚えている。

顔の半分を失い亡くなったのが町内の娘さんだと聞いた時、初めて死の恐怖みたいなものを感じた様な気がする。

マコこと河野実氏は、その後ジャーナリストになった。

こんなHPも持っておられるが、ちょっとガッカリするファンも多いのではないだろうか。

今回の脚本は鎌田敏夫氏。実は学生自体に一度だけ演技指導をしてもらったことがある。

会社で献血の呼びかけがあったので、400ml提供することにした。献血手帳を持って来なかったが、係の人が私の名前と生年月日をノートパソコンに入力したところ、データベースにちゃんと私のデータが入っていた。

献血キャラバン隊は、色々な所に出向いて行き、献血をお願いする為、有線ではなく無線LANでお互いの機器が繋がっているようだ。検査をされている間、どんな機器を使っているのだろうかと眺めるのも楽しい。

血を抜かれている間に読んでくださいと渡された紙には、例によって次の様なことが書かれている。

この1年間に次のいずれかに該当することがあった方の献血はお断りしています。
1 不特定の異性と性的接触をもった。
2 男性の方:男性と性的接触をもった。
3 エイズ検査で陽性と言われた。
4 麻薬・覚せい剤を注射した。
5 1〜4に該当する者と性的接触をもった。
上記1から5のいずれかに該当していた場合は、必ず本日中にあなたの声でご連絡をお願いします。

胸を張って言える。全てシロだ。

女性職員から「はい、400抜かせて頂きました。」と、血液バックを手の上に載せられた。生暖かい感じが何とも妙であった。

そう言えば、先日中国の湖南省でエイズが蔓延している農村があるとのドキュメンタリー番組を見た。貧困に苦しむ農民に対して、党幹部が献血を勧めたらしい。

農民はこぞって献血に励んだが、献血後に赤血球と白血球を体に戻す成分献血だったものだから、その過程でエイズにかかっている他人の血がごっちゃまぜに戻されて、皆がエイズのキャリアになってしまったそうだ。

中国で怪我などして輸血されたりしたら大変だな、と思った次第である。

上方落語 桂枝雀爆笑コレクション〈1〉スビバセンね上方落語 桂枝雀爆笑コレクション〈1〉スビバセンね
桂 枝雀

筑摩書房 2005-12
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本屋でこの本が目に留まったので早速買ってきた。1999年に亡くなった桂枝雀師匠が演じられた落語の速記録を、筑摩書房が新しく文庫に納めたシリーズである。

読めばたちまちにして、私の頭にしっかりと染みついている師匠のしわがれた高いトーンと、絶妙の間が、そのアクションと共に鮮明に蘇ってくる。

私のiPodの中には師匠の落語が一杯詰まっているわけだから、何も本を買ってこなくてもそれを聞けば良いと思う人がいるかもしれない。

だが、CDやDVDに保存された師匠というのは、あくまで今から25年程前の40代前半の師匠である。ところが、私がこの本を読むことにより蘇る師匠というのは、2006年の今に生きる枝雀師匠なのだ。

師匠が生きておられたら、あんなことや、こんなことを新たに見聞きされて、「アハ、アハ、アハ」と笑い飛ばされながら、2006年の枝雀落語に挑戦されているに違いない。

CDやDVDを持っておられる方も、是非この本を買って頂き、枝雀師匠をライブで楽しんでもらえたらなと思うのだ。

このブログの開始時からリンク先として表示し、自らもちょくちょく見に行っていた有名ブログ『絵文録ことのは』の作者松永英明氏のことが話題になっている。このブログは毎回の書き込み量が非常に多いことでも有名だ。

氏は『絵文録ことのは』以外にも、ここを見れば分かる通り、沢山のブログを並行して書いている。また『できるブログ』など、ブログ関係の著書も沢山出版している。

松永氏の経歴は有名人ブログ集というサイトに簡単に纏められていたが、これだけ読むと普通の人の様である。

実は彼は、オウム真理教のメンバーだったというのだ。本人もここで弁明をしている。

私としては、彼がメンバーだったということを聞いても、「へー」とトリビアの様に声を上げるぐらいで、「人それぞれ他人に言えない過去があるな」という程度の感慨しか持たない。

むしろ、そういう事をカミングアウトしても、大きな問題にならない程に、あの事件が風化したということだろうか。いや、彼には是非こんな風に、当時何が起こったのかを書いてもらいたい。

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USENは3月14日、個人向け光ファイバー接続サービスを『GyaO光』に4月1日から改称すると発表した。

同社の動画配信サービス『GyaO』が急成長していることから、接続サービスとブランドを統合し、豊富なコンテンツを持つサービスとして他ISPとの違いをアピールしていくとのこと。

先日私が自宅に導入した『USEN光withフレッツ』も『GyaO光withフレッツ』に名称を変えるという。

動画配信サービスの中では、USENグループが群を抜いていると思う。動画の配信の前に広告を配信する『GyaO』、USENブロードバンドユーザーの為の『BROADGATE-01』、NTTの光フレッツユーザーの為の『GyaO on FLET'S』などなど。

USENの光ファイバー回線は、需要者の急増に追いついていない感があり、遅いとか切れるとかの不評も目立つ。だが、私はこの会社に期待している。願わくば、Winだけでなく、Macでの動画再生にも対応して欲しい。

追伸
朝起きたら、ライブドアがUSENに支援要請をしているとのニュース。想定の範囲内。

昨日の日経朝刊一面に、『日経アジア賞』第十一回の受賞者が紹介されていた。「アジアの人々の生活を豊かにするうえで功績のあった人や団体を表彰するもの」らしい。

3人の内2人がシンガポール人であったが、その1人がオリビア・ラム氏というハイフラックス社のCEO兼社長を務める女性。

何をやっている会社かというと、下水を飲み水に変えてしまうというプラントを作っている会社。シンガポールにしては、政府系ではなく民間の会社だというところが面白い。

日本の様に河川の水の豊富な国ではインセンティブがあまりないが、シンガポールの様に四方を海に囲まれ、飲料水も隣国マレーシアからの輸入に頼っている国では、一度使用した水を再度利用するという技術には期待が大きいだろう。中東からの引き合いもあるという。

現在は工業用水としての再利用は実用化されているようだが、飲料水としての利用は心理的な壁があって、実用化には至っていないと聞く。

実は私の手元にも一昨年の夏にもらったペットボトル入りのneWater(ニューウォーター)がある。さすがに飲んでみようという気にならず放っておいたら、一年間の消費期限が過ぎてしまっていた。

neWater.JPG

最近Winノートの起動に時間が掛かる様になった。メモリーも256MBしかなく、Cドライブも8GBしかないのに、何でもかんでもインストールしたのが原因かと思い、Windows 2000を再インストールすることにした。

ThinkPad T20はもらい物の英語版の為、日本語版Windowsをインストールした後、ThinkPad付属のCDから独自のドライバなどを追加でインストールする必要がある。

Windows 2000のアップデートは有線LANでネットに繋ぐ事により完了。先日、高速有線ブロードバンドルーターを導入したことが役立った。その後Office 2000を再インストール。

ところが、無線LANカード(WLI2-CB-G54L)でのネット接続がうまくいかない。無線LANアクセスポイント(AirMac Extreme)とは繋がっているように見えたが、どうしてもDNSエラーが出てしまう。

IPアドレスやデフォルトゲートウェイやDNSサーバーの入力を何度も何度もやり直したがダメ。デバイスを接続したり切断したりしてみたが、いっこうに繋がる気配は無し。おかげでどんどんと時間が経つばかり。

もしかして無線LANの暗号(WEPキー)は、Winの場合13文字タイプではなく、26文字タイプだけだったかと、設定を確認したところ、13文字で良いのだが、ミスタイプしていたことが判明。

どうやらこれが原因でうまくいってなかったことがわかった。暗号が合わずうまく繋がっていないならそうと表示してほしい。結局半日これに費やし、気がついたら、日曜劇場「輪舞曲(ロンド)」の放送も終わっていた。orz。

先日会社で新しいインスタントコーヒーの瓶を開けた。瓶の口に貼られたシールを破ろうと、親指の爪をグルリと回し入れたところ、「イテテテッ」と、指に激痛が。

一瞬何が起こったのか解らなかったが、どうやらアルミでできたシールのふちで、人差し指の腹をスパッと切ってしまったらしい。

そんな事が起きるとも思わず、一気に力を入れたものだから、傷は思いの他深く、血が止まらなかった。

「こんな危ないもの、売るなよ!」と悪態をついてしまった。だが、シールの表には、こんなことが書いてある。

開封時にシールのはしで手を切らないよう十分にご注意下さい

「一応警告はしましたよね」という、免責条項みたいなものか。似た様なことは他でもありそうだ。注意書きはおろそかにできないということを、身を以て体験した。

昨日家でも同じコーヒーの瓶を開けた。慎重の上に慎重を重ねて開けたのは言うまでもない。

kafei.jpg

Microsoftがディザー広告で予告していた『Origami』というプロジェクト名のUltra-Mobile PCが、今年の夏から発売されるらしい。

Windows XP が走る小型のタッチスクリーンPCで、キーボードは無く、画面上の左右に親指で操作するソフトキーボードが表示される様だ。

韓国SAMSUNG、台湾ASUS、中国Founder等から端末が発売されるらしい。SAMSUNGのは、ちょっと見は、WILLCOMのW-ZERO3を大きくした様なデザイン。

私はモバイルPCとしては、W-ZERO3で十分だと思っているので、食指は動かない。もっともOrigamiの上でMacOSXが動くというのであれば、話は別だが。

昨日出勤しようとマンションのドアを開けたら、足元に「素人20代○○店」という出張▽▽▽の小さなチラシが落ちていた。

いらぬ誤解を受けてもマズイと思い、10階の通路から下界にそのチラシを落としたところ、ひらひらと舞い上がり再び私の足元に戻ってきてしまった。

今度こそと思い、指で弾きながら落としたところ、チラシは風に乗ってマンションから少し離れたところへ飛んでいった。

ひらひらと、まるで蝶の様に空を飛んでいる。意外と上方向への気流もあるのだなということがわかって面白い。

やっとその蝶が視界から消えたのでエレベータに乗り込んだ。マンションを出てバス停に着いたところ、さっきのチラシが歩道の上に落ちていた。

何だか急にそのチラシがいとおしくなり、人に踏まれては可哀想だと感じて、思わず拾ってポケットにしまいこんだ。

昨日の朝は、ポカポカとした陽気だったので、久し振りにコート無しで出勤した。だが、地下鉄のホームに降り立つと、異様な光景を目にする事となった。

ホームで電車待ちをしている人が、皆大きなマスクをしているのだ。一瞬SARSかサリン事件でも発生したのかと思ってしまった。もちろんそれは花粉症対策だったのだが、気がつくのにちょっと時間がかかった。

レスリー・チャンの葬儀に参列した香港の有名人達が、皆真っ黒なマスクをしていたのが印象的だった。当時SARSが蔓延していた為だ。あれは2年前の春だっけと調べると、2003年の4月だからもう3年になる。早いものだ。

昨日は日中も暖かかった。夜退社しようとエレベータに乗り込んだところ、くしゃみが4、5回続き、止まらなかった。おっと、花粉症になってしまったのだろうか。

相変わらず、警察や自衛隊の情報が、Winnyというファイル交換ソフトを通じて流出したとの記事が、新聞を賑わせている。私企業よりも役所の情報が漏れたとのニュースが目立つが、実際にそうなのかもしれない。

もしかすると警察、自衛隊、市役所などでは、未だに一人一台のPCが配備されていないのではないだろうか。だから已む無く個人が所有するウイルスに感染したノートPCを職場に持ち込むことになり、それがファイルの流出に繋がるのではないかと思うのだ。

その上役所などでは、全てのPCがLANに繋がっていない為に、未だにフロッピーディスクやUSBメモリなどの記憶媒体が使えるままになっているのかもしれない。

役所に一人一台のPCを設置したとしても、職員がそのPCにWinnyをインストールしてしまうと結果は同じだとの新聞記事もあった。

いい方法を教えよう。あおぞら銀行の様に全てのPCをWindowsではなくMacにするのだ。そうすれば少なくとも『Winny』を通じてファイルが流出することは防げるから(笑)。

日曜9時からTBS系で放送されている『輪舞曲(ロンド)』という番組を最近毎週見ている。

警察とヤクザが互いにスパイを潜入させるというストーリーは、香港で少し前に流行った『インファナル・アフェア』という映画のパクリじゃないかと思ったりするが、初めて日本のドラマに登場したチェ・ジウと竹野内豊が競演しているということで話題となっている。

急にふっくらしてしまったイ・ジョンヒョンもお目当ての一人なのだが、もっと気になる役者が出演している。橋爪功氏だ。

彼は在日韓国人の役どころなのだが、韓国語を長くしゃべるシーンが多い。その韓国語が大変上手に聞こえるのだ。

大阪市東住吉区の出身ということで、在日の方だったりするのかなとも思ったが、そういう訳でもないらしい。競演している韓国の大物俳優シン・ヒョンジュンに、彼の台詞を録音してもらって、徹底的に練習したそうだ。

単に台本を読んでもらうのではなくて、50歳代のこの様な職業に就いている韓国人ならどの様に話すのかを考えてもらった上で、録音してもらったらしい。

もちろんネイティブの人が聞けば、子音や母音の発音に多少の違和感が残っているかもしれないが、その役になりきって感情を込めて演じておられるので、話の内容は十二分にネイティブの方にも伝わるのではないだろうか。頭が下がる思いである。

そう言えば先月、橋爪氏がダスティン・ホフマンが映画で演じた『レイン・マン』を、椎名桔平と共に演じているとの電車の吊り広告を見た。

言われてみればダスティン・ホフマンによく似ている。レイン・マンは見逃してしまったが、機会があれば彼の舞台を見てみたい。

AppleからiPod Hi-Fiという新製品が出た。BOSEのスピーカー2つを1つにくっつけた様な筐体で、上にiPodを立てる様になっている。

まだ実物の音を聞いたわけではないが、しっかりとした音が出そうな気はする。だが正直言って、デザインだけ先に見せられたら、Apple純正品として発売される製品だとは絶対思えない。

MacやPCと連携する様にも作られていない。iPodを載せてもただ充電できるだけ。何とも中途半端な製品の様な気がするのだが。

iPod Hi-Fi

今月から自宅のインターネット回線を『USEN 光 with フレッツ』に変えた。VDSLモデムをMacに直結すると、下り70Mbps、上り40Mbpsという高速で繋がるのだが、間に無線LANルータを繋ぐと、一気に下り15MBps、上り20Mbpsにまで速度が落ちてしまった。

Windowsのノートブック、メディアリンクプレーヤ、そしてWindows Mobile ケータイのW-ZERO3が無線でぶら下がっているので、無線LANを止めるわけにはいかない。

無線LANルータはAppleの AirMac Extreme。AppleはPC製造メーカーとしては珍しく、自ら無線LANルータを発売するなど力を入れてきた。54Mbps対応のものを出すのも早かったが、有線LANで繋いだ場合のスピードについては、なぜか公表していなかった。

アメリカはブロードバンド後進国なので、実質20Mbps程度出れば十分と考えたのかもしれない。

量販店に行けば、MIMOという技術に対応した新しい無線LANルータが色々なメーカーから売り出されているが、電波の到達距離は延びても、無線での速度の改善はそう見込まれない。

結局VDSLモデムとAirMac Extremeとの間にブロードバンド対応のルータを入れて、Macをルータ経由でVDSLモデムと直結することにした。AirMac Extremeの方はルータ機能を止めてブリッジモードで変更する。

購入したのはBUFFALOの有線高速ブロードバンドルータ『BBR-4HG』。設定はMacからでもInternet Exploreで簡単にできる。ルータを挟んだ後で速度を測ってみると、下り70Mbps、上り40Mbpsと、モデム直結時と遜色ないスピードで繋がった。

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