心配していたのだが、宝塚に住み、JRで大阪に通勤するいとこの娘は、事故現場を8時半に通過していたらしい。
鉄道事故が起こる都度、「事故の原因は複合的なものである」といった、責任者を特定しないあいまいな報告書が作られる。
もし運転手が生きていたら、こう言うだろう。
「直前の駅でオーバーランしたので、1分以上遅れてしまった。処分が怖かった。既に5万円の減給処分を受けているので、何とかごまかしたかった。今月は尼崎駅で1秒単位の遅延報告をすることになっているので、何が何でも早く着いて、予定の時刻に間に合わせたかった。非人間的な日勤教育は絶対に受けたくなかった。」
問題が生じたときに、即座に上司に報告することができないという体制そのものに問題がある。それは運転手一個人の問題ではない。
JR西日本の幹部は、また『複合的な原因』で事故が起きたと言い張るだろう。彼らは運転手が亡くなったことにホッとしているに違いない。








この近くの西宮に5年住んでいたものとして人ごとに感じられません。運転士の問題だけではなく企業全体の問題であると思う。特に、最近はJALの不祥事が相次いだり、IT企業の情報漏洩が続いたり、企業自身あるいは企業に働く人々のモラールが極めて低下しているような気がする。これはすべて、利益優先と能力主義人事、会社を金だけで売買するという風潮等欧米の悪い企業風土だけが日本に入ってきたからではないだろうか。もっと人を大切にする企業が現れないだろうか
まさにその通りであります。TBいたみいります・・・
durianさんTBありがとうございました。
物事の原因というものが常に複合的であることは当たり前で、そうした複合的な原因が重なりあってどのようにして問題が生じたのか、その構造を示すことが、こうした事故の原因追及の姿勢となるべきでしょう。
六本木ヒルズの回転ドアの事故について、畑村洋太郎工学院大学教授を中心としたプロジェクトメンバーがまとめたレポートは極めて優れたものでした。
JR西日本や運転士を悪玉に仕立てることしか念頭にないような、最近のマスコミ報道を見ると情けないものを感じます。