上海万博開幕まであと三日となった。
そもそも中国上海で万博を開催しようという話は、26年前の1984年9月に遡る。
当時大手邦銀の調査部長であった竹内宏氏が、堺屋太一氏を担いだ経済調査団を北京に派遣し、時の副主席であった王震氏に、万国博覧会開催の必要性を説いた。
事前の根回しもあったのだろうが、王震副主席は即座に「上海こそ万博開催の適地」と発言。
その情報は即座に上海市長の汪道涵氏に伝わると共に、銀行の経済調査団はその足で上海を訪問。
汪道涵氏は「上海で万博を開催するという事はもう決まった。今必要なのは具体案だ。」と発言。日本に帰った二人は、早速『上海万博開催可能性調査団』を設立し、上海社会科学院と共に、万博のアイデアを練ることとなった。
この辺りの様子が今年1月21日付の『文匯報』に載っていた。
亲历者讲述上海世博会"前传":始于一九八四年(2)----中新网
さすが「井戸を初めに掘った人の事を忘れない」国である。
5年後の1989年にあの不幸な天安門事件が起こり、日本では上海万博のことなど忘れられてしまっていたが、その後も上海では万博予定地とされた浦東の開発は続けられ、ついに26年越しの万博開催に至ったという訳である。
最近は表に出ることの少なくなった竹内宏氏に、当時の事を聞いてみたいものだ。
日本からは、政府による日本館と、42の企業と2自治体による日本産業館の二つのパビリオンが出展する。
日本産業館の代表兼総合プロデューサーは堺屋太一氏が、そして館長兼事務局長には、銀行で竹内宏氏の秘書役を務めていた秋岡榮子氏が就任している。まさに26年越しの万博である。






durian様、ブログをいつも楽しく拝見しており
ます。
ブログの記事で上海万博のそもそもの経緯を知り、
少々驚いた次第です。
さて、小生もdurianさんと同様竹内専務・秋岡
さんに少々縁のある者で、懐かしさを感じコメント
した次第です。
小生もブログをやっています。よろしければ、
どうぞお立ち寄り下さい。
アキレサンダー様
コメント有り難うございます。
お書きになっておられるブログの内容からすると、恐らく私の学校・就職先の先輩の様ですね。
今後ともよろしくお願い致します。