テレサ・テンが1995年5月にタイのチェンマイのホテルで急死してから、ちょうど10年になる。
テレサは「我的家在山的那一邊」で始まるこの歌を、天安門広場で民主化運動を展開していた学生達の支援を目的として、1989年5月27日に香港ハッピーヴァレー競馬場で行われた野外コンサートの会場で、初めて人前で歌った。化粧もつけず、自らが書いた「反対軍管」というプラカードを胸にして。
彼女は母親から民主化運動への直接参加を戒められていたにもかかわらず、その日の朝のTV中継を見て、居ても立ってもいられず、自ら参加することを決めたと言う。
この曲の元歌は日中戦争当時の抗日歌だった。ところが大陸から台湾へ逃れてきた兵士達によって、望郷の念をこめて歌い継がれてきた為に、反共産主義的な意味合いを有する歌となったのである。
この本には、その時のライブ録音をCDにしたものが添付されている。歌の最後の部分で「不要忘了我 生長的地方 是在山的那一邊 山的那一邊」というくだりがあるのだが、テレサは歌い終えた瞬間、感極まった様な声で「うわーっ」と叫ぶのである。有田氏の文章は勿論読み応えがあるのだが、この特製CDだけでも手に入れる価値がある。
この本は、有田氏が、テレサの生い立ちからタイ・チェンマイでの客死に至るまでの42年間の生涯を、13年間に渡る綿密な取材をもとに書き上げたものである。有田氏のHPでテレサについて執筆中であることは知っていたので、本が出来上がるのが待ち遠しかった。あらすじについては、氏のHPの中のこのページを見て頂きたい。
有田氏と言えば、統一教会やオウム真理教などを相手にした社会派の作品で有名であるが、『歌屋 都はるみ』等の人物ノンフィクションの分野でも、粘り強い取材をもとに書かれた力作が多い。
今回はテレサという人物を中心に書かれているのだが、実は淡々とした文章で有田氏が書きたかったことは、中国・台湾という大きな勢力が、テレサという一個人を政治的に利用しようとして翻弄してしまったこと、一個人は社会の大きな流れに抗うことが非常に困難であり、テレサをしてもその身を任せざるを得なかったなどということであり、その意味で、この本もまた社会派の作品と言うことができよう。
「我是中国人。」そう、彼女は台湾に味方したのでもなく、住居を構えた香港やシンガポールの人に成りきろうとしたのでもない。況や中華人民共和国に認めてもらおうとしたのでもない。まさに中国人であろう、ありたいと考えていたのであろう。
我々日本人の大多数は、彼女を『テレサ・テン』という台湾出身(デビュー当時は「香港の赤いバラ」と紹介された)の演歌・ポップス歌手として捉えているが、それは日本の芸能界が作り出した虚像であり、日本の外では『
』という大中華圏を代表する歌い手だったのである。
そう考えると、日本や韓国というのは、この大きな中華圏というものから見ると、依然として小さな付属物に過ぎないように思えてくる。もっともこの様な本を自由に出版することができたのも、日本が付属国という外れた位置にあることのお陰かもしれないが。
テレサの歌のファンならずとも、アジアや中国に興味を持っておられる方には是非一度読んで頂きたい作品である。
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