新唐詩選
吉川 幸次郎 三好 達治
mixiの中に出身高校のコミュニティがあったので覗いてみた。学校の写真を見た途端、急に漢文の先生のことを思い出し、本棚の奥にしまいこんでいた『新唐詩選』という本を取り出して今一度読み返してみた。
その先生は、いつも教科書の漢詩の読解は早めに切り上げて、副読本として購入したこの本に収められた詩の鑑賞に時間を費やした。
病気がちだったことや、出世できず不遇の教員生活を送っていた自分を、杜甫や李白に重ね合わせていたのであろう。
授業の最後には漢詩を現代中国語で詠うのが常だった。当時の高校生はここでいつも大笑いしていたものだ。
改めて読み返してみると、今の私ならば「うーん、そうだよな」と共感できる詩が一杯詰まっている。人生の無常が少しは理解できる年齢になったということか。
いくら早熟の高校生でも、17、8歳では理解しづらいのは無理もない。(当時『Z会』という通信添削をやっていたが、その中で取り上げられていた漢文は更に輪を掛けて難解であった。)
やはり李白の詩が一番おもしろい。スケールの大きさ、視線の動きのダイナミックさ、仙人の様な人を食った作風。彼の詩を読むたび、6年前に亡くなった桂枝雀師匠を思い起こさせる。
彼の代表的な作品を一首。
山中與幽人對酌 山中にて幽人と対酌して 李白
兩人對酌山花開 両人 対酌すれば山花開く
一杯一杯又一杯 一杯一杯また一杯
我醉欲眠君且去 我は酔うて眠らんと欲す 君はしばらく去れ
明朝有意抱琴來 明朝 意あらば 琴を抱いて来たれ
タイムカプセルの中に閉じ込められていた一千二百年以上前の人間が、時空を超えて蘇る。漢字の力とは素晴らしい。今後ネット社会が広まっても、中国は決して漢字を捨てる事はないだろう。
この『新唐詩選』という新書は、前編で吉川幸次郎博士が代表的作品を読解し、後編では詩人の三好達治氏が好みの詩について味わい方を説くというスタイルをとっている。三好氏は自ら「市井の婦人雑誌などの附録のおまけにやや似た性質を一面担っている」とおっしゃっているが、初版から50年以上経ち、決して読みやすい文章ではない。
人生の無常を楽しむ術―40歳からの漢詩
野末 陳平
図書館に行ったところ、野末陳平氏が書かれたこの本が目に留まった。取り上げられている漢詩は『新唐詩選』とほとんど重複しており、解説も似通っている。野末氏は、絶対に『新唐詩選』を手元にこの本を書いたに違いない。
それも良かろう。野末氏は三好氏が50年前に果たそうとした役割を、現代風に担ってみようと思われたのだろう。この2冊はセットとして読むのが良い。
最後にもう一首。
照鏡見白髪 鏡に照らして白髪を見る 張九齡
宿昔青雲志 宿昔青雲の志
白髪年 つまずいたり白髪の年
誰知明鏡裏 誰か知らん明鏡の内
形影自相憐 形影自ら相憐れまんとは
「ハハハ」と笑うしかないか。