カリスマ逝く

ダイエー創業者の中内氏が、昨日脳梗塞でなくなった。83歳だった。

私は少年時代を神戸で過ごした為、「スーパーと言えばダイエー、デパートと言えばそごう、電気店と言えば星電社。」と刷り込まれてきた。いずれも一度は日本一となりながら、破綻してしまった企業だ。

小学校3年生位になり、小遣いをもらって友達と初めて三宮の街をうろうろとした時、急に大人になった様な気がしたことを、今でも思い出す。三宮はダイエーの街だった。

そういうこともあって、社会人になって西武流通グループ(当時)と関わるまでは、ダイエーびいきだった。

ダイエーは、新規出店する際には、店舗として必要な面積以上に土地を先行取得し、ダイエーの出店によって街が栄え地価が上昇した後で、店舗の周りの不要な土地を高値で売却し、銀行借入金を返済するという、錬金術を得意としていた。

都銀4行を並行メインとして競わせ、案件毎に調達行を変えることによって、全てを知る単独メイン行を作らないようにしてきたのだ。情報があまりにも少ないと嘆いた金融機関は多かっただろう。

カリスマの引き際、そして後継者の育成は難しいものだということを、つくづく感じた。何はともあれ合掌。

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カリスマ逝く への3件のフィードバック

  1. KIN のコメント:

    必要以上の土地を先行取得する手法、都銀4行を競わせる手法、どちらも初めて知りました。前者は開発利益の回収ということで、私鉄の経営に通じるところがありますね。後者は企業が本来とるべき手法で、先駆者ともいえるかもしれません。いろいろ批判があっても、あれだけの事業をやり遂げた人ですから、文句なくカリスマだと思います。ただご冥福を祈るのみです。

  2. 売上げはすべてを癒す

    ダイエー創業者の中内功氏が亡くなったことは、ひとつの時代の終焉を感じさせます。す

  3. TJ のコメント:

    どちらも、香港のデベロッパー(財閥系)では当たり前のやり方ですね。
    もう忘れ去られたかもしれませんが、ヤオハンの旗艦店があったホンハムという街は、ハチソン(長江)が開拓し高層マンション群やショッピングセンターを作り大きな街にしてしまいました。ヤオハンはジャスコになってしまいましたが、それでもなお今でも日本人が最も多く住む街のひとつです。
    #ヤオハンは長江に遊ばれたのでしょうかねぇ。

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