十年一昔

それは10年前の3月20日の朝のことだった。勤め先の本社の付近で、何やらガスがまかれ、被害者が出ているとのニュースが入ってきた。当時世の中を賑わせていた事件に、私の勤める会社が関係しており、右翼の街宣車の攻撃対象となっていた。ニュースを初めて聞いた時、支店に勤めていた私は、てっきり右翼か何かの暴走行為かと思ったのである。

昼休みに食堂のTVをつけたところ、営団地下鉄霞ヶ関駅の地上出口から、被害者が担架に乗せて運び出され、歩道に寝かされている映像が流れてきた。救助している人たちは、頭からスッポリとオレンジ色の防護服をかぶって作業をしている。そこで初めて、これがテロリストの仕業であるということを知ったのである。

オウムは中央官庁に勤める人たちを狙ったとも言われている。丸ノ内線や日比谷線や千代田線が、ちょうど8時過ぎ頃に霞ヶ関駅に到達するとき、同時にガスが充満する様に、手前の駅でサリンを撒いて逃走したからである。ただし、オウムは一つ間違いを犯していた。官僚は8時半頃には登庁しない。9時半頃やっと現れることを知らなかったようである。私の会社の通勤のピークも8時45分頃であり、後遺症が残る被害にあった人は幸いにもいなかったように聞いている。

ところで、産經新聞によれば、麻原被告と接見した精神科医が、「脳疾患の疑い濃厚」という見解を明らかにしたとの事である。これが本当であるとすれば、裁判の行方を大きく左右する事になるわけで、政府や裁判所としては、絶対に認める事ができない事実であり、無視を決め込んでいる。

霞ヶ関駅の千代田線ホームと日比谷線ホームとを繋ぐ連絡通路には、壁に殉職者記念プレートがはめ込まれているのだが、気がつく人は少なく、立ち止まる人もいない。

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