人間万事塞翁が馬

昔、中国の北の国境の塞(とりで)に住む老人が飼っていた馬が、敵国の胡の国に逃げてしまった。周りの人が老人を気の毒がって慰めに行ったところ、老人は「このことが福につながらないとも限らない。」と言った。しばらくするとその馬が、胡の国の駿馬を沢山引き連れて帰ってきた。これは「淮南子(人間訓)」にある故事である。
昨年末に我が家に泥棒が入り、現金やカードと共に、時計、指輪、デジカメ、携帯、iPodminiを盗まれたことは既にお話しした通り。とんだ災難だと思っていたが、昨日保険会社から家財盗難保険の保険金が、ドカンと振り込まれてきた。
マンションの火災保険を契約した時は、まさか盗難保険が役立とうとは思ってもみなかったし、価格協定保険の「新価払い特約」というのが付いているのにも気付かなかった。この特約は失ったものの現在価値ではなく、新たに新品を購入する場合の金額を支払ってくれるのだ。おかげでデジカメ、携帯、iPodなどは、ある程度使っていたにもかかわらず、また新品、それも新型のものを買うことができるのだ。結婚指輪も買おうと思えば(?)また買えるお金を頂いた。時計は18年前に買ったもので、現在は販売していない物である為、当初保険会社は同じ物の中古での価格を提示してきたのだが、何度かの交渉の末、契約通り新品で購入する場合の価格、つまり購入当時の定価を支払ってもらえることになったのである。「焼け太り」とでもいうのであろうか。まさに「災い転じて福となす」だ。

ところが「塞翁が馬」には続きがある。近所の人がお祝いに行ったところ、老人は、「このことが災いにつながらないとも限らない。」と言った。そして駿馬に乗っていた老人の息子が、馬から落ちて足が不自由になってしまうのだ。私も臨時収入が入ったと、はしゃいでばかりいると、またとんでもない目に会うということだろう。
故事には更に続きがある。隣国との戦争が始まり、若者達は戦争に駆り出され、皆戦死してしまったが、足が不自由な息子だけは、戦争に行くことなく生きながらえることができたというのである。
まあ人間(じんかん)=世の中とは、全てこの様なもので、禍福は入れ替わりやってくるものだから、その都度大げさに悲しんだり喜んだりしてもしょうがないという意味なのだろう。
ところで、新品に変わるのであれば、古い大きなテレビを持っていって欲しかったな。皆さんの家では何でしょう。おっと、あなた、それは生命保険の範疇ですよ。

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